理解の深度


森博嗣という庭園鉄道を趣味にしている作家がいて「橋を作りたくなったのでまずは谷を掘っている」というようなことをブログに書いていました。僕はそれに感動して、同じ森博嗣ファンの友人に電話でその話をしました。その友人は勿論僕が感動した理由を理解してくれるのだけれど、理解を通り越して泣いているようでした。

その友人も森博嗣も、僕より明らかに(正直比べ物にならないほど)頭が良い人達です。森博嗣から僕を経由してその友人に、僕には思い及ばない深いレベルの情報が伝わったのでしょう。こういう時ほど自分の限界を思い知らされることはありません。そして、その思い知らされる感覚は癒やしです。

ただ、僕が(というより誰も)その友人に癒やしを与えることはできない、というのが残念な点なのです。