medicine

線維筋痛症と戦うシンガーソングライター如月まぁやさんの新曲「medicine」。そのMVとCMを作らせて頂いています。(この動画はCMでMV本編はショートバージョンを追って公開予定。フルバージョンはDVDとして発売予定!)同病のレディ・ガガもそうですが本番時にスイッチが入る人だからこそこれができる模様。

TIME MACHINE

前回に続き小室哲哉氏のことを。彼は元々TM Networkという3人組ユニットのリーダーでした。TMはタイムマシンの略です。自分達はタイムマシンでやって来た未来人だから先進的な音を作れるんだ、という訳です。

未来人というのは才能や知性が周囲から乖離した人間のメタファーに他なりません。小室氏がプロデュースする幾つかのユニットの、そのユニット自体のアイデンティティを歌うような曲には大抵天才が感じるもどかしさが見え隠れしています。しかもそれは、とても素敵な感情表現のレベルにまで昇華されたもどかしさです。

だからこそ曲として成立しヒットもする訳ですが、大抵の意識高い系の議論はその手前の段階にあります。それを超えられる知性に僕は驚いたし、それが結局今でも自分の価値観の土台になっています。

小室哲哉方式

突然ですが、PVでもCMでも、ちゃんと考えて作ろうとすれば結局作品単体ではなくブランディングの問題になってしまいます。なので、映像職人としてミニマムな部分だけを頼まれるよりも全体を見て考えろと言われる方が自分としては自然です。最近ではそういった全体の相談をして頂けることも多く楽しいです。

ただ、ブランディングを専門的に考えている人たちは主に会議室にいる印象なのですよね。自分の場合、常に会議室にいたい訳ではなく最終的には自分で撮ったりCGを作ったりもしたいタイプです。全体を見たいと上に書きましたが、職人が嫌なわけではなく全体を見た上で職人もしたいのです。

なんて我儘なんだと思いますが、これを自分では勝手に「90年代の小室哲哉方式」と呼んでいます。つまりプロデューサーでありながらも演奏するしコーラスも歌うという…。僕が学生の頃がまさに小室氏全盛期だったのですが、その頃からそういう形で仕事をしたいと思っていました。

そのやり方を通す為にはマニアックな部分と分かりやすく説明する部分の両方が必要ですが、それをまさに実践していたのも小室哲哉です。勿論小室氏と僕では仕事のスケールもクオリティも全然違うのですが、だからこそいまだにインスパイアされるのです。

嫌なものは嫌

夏休みが終わる時期は子どもの自殺が多いそうな。その気持ちはメチャクチャ分かります。特に小学校はいじめもあったし1ミリも楽しくありませんでした。卒業式が終わって校門を出る瞬間「やっぱり意味なかった」と思ったのをハッキリ覚えています。

僕はそういう嫌なものには付き合わないことにして今に至ります。そのこと自体は別に自慢にはなりませんが、そういう生き方もあるというのは参考情報としてお知らせしておきます。

そして少なくとも、死ぬほど嫌なことなら無理に付き合わなくていいのは間違いありません。何かを克服してそれが為になる、というのは苦手の中に好きが何パーセントかは入っている対象に関してです。自殺したくなるほど学校が嫌なら行かないほうがいいに決まっているし、自分の感覚を大事にすべきです。

そして補足するならば、死ぬほどでなくても、少しだけ嫌な場合でもその感覚はとても大事です(対象を避けるかどうかは別にして)。社会人の多くは本質的には伝えたいことが何もありません。それは元からなかったのではなく、自分の感覚をどこかで無視してしまった結果なのではないかと僕は思っています。