存在価値


毎年この時期になると話題になる「明日は日曜日そしてまた明後日も…」というマンガがあります。新社会人である主人公の坊一郎は引っ込み思案な性格が災いして入社初日から会社に行くことができません。それで結局引きこもってしまう、というシビアな内容なのですが、僕は本質的には坊一郎側なので彼を責める気にはなれません。むしろ作者の藤子不二雄Aが、問題なく会社に行けている人達を物凄く無表情に描いているのが印象的でした。坊一郎の両親は表情豊かといえば豊かなのですがあれはあれで病的なので、結局本当に人間らしく描かれているのは坊一郎だけです。

世の中で上手くやろうと思ったら無表情になるか、両親のように無神経さを前提にした元気を身につけるか、途中登場する同級生のような底の知れない切れ者キャラになるしかないという、物凄く皮肉な構造がこの作品にはあります。坊一郎のように人間的では生きていけない、と。

でもそうでしょうか?この作品にとって一番必要な人材は勿論主人公です。つまり藤子不二雄Aが一番こき使い笑、作品に人間味を与え読者の情感を喚起する仕事をしているのは坊一郎です。坊一郎の価値を認めるか認めないかは視点の問題に過ぎません。別の言い方をすれば、坊一郎を必要としている人はあのおかしな両親以外にもいるはずであり、もしすぐにはいないように思えても坊一郎には誇りを持って生きてほしいと僕は勝手に感情移入して思いました。人間的過ぎて生きていけないような心を持っているからこそ、坊一郎は生きていけるのです。

自己目的的

前回ご紹介した即興動画ですが、最後に何か文字が出ないと落ち着かないのでインスタアカウントのCMということにしました。一見本末転倒なのですが、成立感、完成度という意味ではこの順番で考えるのが一番上手く行く気がします。

ということはある意味それが本来の順番で、つまり映像作品は自己目的的に存在しこそすれ、他の何かを伝える為に存在しているのではない、ということになります。そう見えてもそれは後付けです。これは小説でも写真でも映画でも何でも同じです。オケから作ってそこから想起される歌詞を当てれば必ず合う、みたいな話に少し似ています。

では広告代理店には存在価値がないかというとそうではありません。自己目的的なアプローチが最適である以上現場はそっちに傾くので、商品とか訴求内容の都合を踏まえそこを補正する役割の方がいることは大事かと思います。CMソングなら商品名は入れなきゃね、みたいなことです!

Instagramを更新しました

今回は合計7枚。インスタギャラリーはこちらから。

当初写真だけ撮る予定でしたが、このモデルさんは動画もいけそうだなと思ったので急遽ムービーも作りました。即興でもわりとどうにかなる笑。写真ともども好評で嬉しいです。




完成させないで

前回に続き宇多田ヒカルネタ。「光」という2002年の曲の歌詞に「完成させないで、もっと良くして、ワンシーンずつ撮っていけばいいから」という一節があるのだけれど、ああこんなこと言われたら惚れざるを得ないなと、当時思ったものでした(実際彼女はその後MV監督と結婚したし)。やっぱり彼女はものすごーく、ものすごーくクレバーだと思うのですよね。お皿洗いは僕のほうが上手いけど。